『L-エル-』の奇跡と共にあった1年
2016/03/19

第八章『L-エル-』のこの先の展開と現在の想い

『L-エル-』を世に送り出してから1年。手掛け始めてからの構想・制作を含めると約3年という、いつも以上に向き合う時間を長く設けることになった『L-エル-』というアルバムは、yasuの中で今現在、どんな存在に変化しているのだろう?
 アリーナツアーの最終日であった日本武道館のステージで、“自分が歳を取り、おじいさんになって、この『L-エル-』というアルバムとこのツアーを思い出した時、きっと、またそこでも改めていろいろ感じるんじゃないかと思うツアーになった”と語ったほど、yasuの中で大きな作品となった『L-エル-』。彼の音楽人生に、大きな爪痕を残すこととなったこの作品は、この先のAcid Black Cherryとyasu を、どんな形で成長させていくことになるのだろう?
 【『L-エル-』の奇跡と共にあった1年】の最終章では、yasuに改めて“『L-エル-』という存在”について語ってもらった。



——ツアーを終えて、そのツアーをライヴ作品として形にしてみて、改めて、『L-エル-』を作ってみて先が見えたところってある?
「ん~、正直まだちょっと『L-エル-』を作ったからこそ、その先が見えたとか、そういう感覚はないんやけどね。ライヴ作品を見返したときに、やっと客観視出来る気がするというかね。でも『L-エル-』に関して言ったら、自分がいままで音楽を作ってきた中で、1番向き合った気がするね。もちろん、これまでの作品も毎回向き合ってきてるんだけど、より濃く向き合ったというか、身も心も常に考え続けてきたのが『L-エル-』やった気がする。“これをどうしても売りたい!”とか“これの結果をどうしても出したい”とか、そういうところではなく、『2012』までの、言うたら僕がインディーズの頃からいろいろと作って来た中で、身に付けてきた知識とか技術とかそういうのを含めて、『L-エル-』ではすべてを出せたらいいなと思ってたというか、いままで得て来たモノを全部詰め込めたらいいなと思って向き合ってたんで、“この作品が出来たから、この先を”というより、とりあえず出し切ったって感じなのかな」

——なるほどね。たしかに、『L-エル-』は、ソロワークとして音質的にもとことんこだわって向き合った理想のソロの形でもあったと思うからね。
「そうね、俺の中での『L-エル-』は、ライヴ作品が出たところで、一旦区切りが付くのかなって思うね。アルバムってやっぱり、そのアルバムでツアーをやって初めて完結するっていうのもあるからね。だから、そのライヴのまとめでもある映像作品を世に送り出すまでが1つの流れなのかなって思うね」

——そうだね。でも、『L-エル-』って小説が単体で発売になったりもしているし、普通のアルバムとはまた違った形で広がり続けるというか、動き続けていく感じではあるけどね。
「曲って何でもそうで、聴いてくれた人のモノになっていくから、『L-エル-』も同じく、自分の手を離れたときに、初めてそこに魂が宿る気がするというかね。自分が吹き込んだ命とはまた違う命が吹き込まれていくんじゃないかな? って思いますけどね。人それぞれ違った命を吹き込んでくれたらそれでいいし、むしろ、そこも楽しみだったりするからね。『L-エル-』に関しても、ここからどんなふうに育ち続けてくれるのかすごく楽しみ。なんかね、作品作りにおけるポイントって、自分たちがどれだけ魂をそこに入れられるかっていうところやと思ってるのね。やっぱ、作ってる側って、作ろうと思えば何でも作れちゃうのね。変な話、これだけ長く音楽活動してきてたら、こなすことというか、形にすることって出来ちゃうんですよね、それなりに。でも、何が大事かって言ったら、どれだけその作品に情熱や魂を込められるかっていうところなんかなって思うというかね。一生懸命にやることなんて、どんなことに対しても同じやと思うのね。そうじゃなかったら出す意味がないと思うし。でも、自分がその時にあるモノを全部出し切って向き合える作品に出逢えるかどうかってのも、解らないでしょ。そこはね、今回の『L-エル-』が、自分にとって1つ1つに色濃く向き合えた作品になって良かったなって思ってますけどね」

——yasuくんはこれまでのアルバムも、ずっとコンセプトアルバムというところにこだわり続けてきたけど、1つの大きなプロジェクト的な動きであったとも言える『L-エル-』は、新たな刺激となる作品になったのかもね。
「そうね。俺の場合、その理由をより明確にするために、コンセプトアルバムにしているというのが1つあるのね。その方が目的が解りやすいでしょ。作る側も聴く側も、そこに向き合いやすいというか。闇雲に作るより、解りやすく伝わるように作った方が楽しいし、聴く側も楽しいんじゃないかなと思うし。
もちろん、音楽が軸にあるのは絶対やけど、『L-エル-』は、漫画でもないし、小説でもないし、音楽だけでもないしっていう、新しい娯楽の形っていうか、そんなのが出来たんじゃないかなって思うね。曲を聴いてその人なりの映像を思い浮かべてくれたり、色や匂いを感じてくれたり、退廃的な印象をもってくれたり、さわやかな気分になってくれたり、心を動かされるモノであってほしいなって思うし。
心が動くってすごく大事なことやと思うからね。それが曲であっても、歌詞であってもすごく嬉しい。今回はやっぱりコンセプトアルバムというモノであったから、これを乗り越えていけたら、もっと自分が成長できると思ったし、この物語のシーンが自分の音楽によって、より活きてくるんやと思うと、それもすごく楽しみやったしね。すごくいい経験になったと思いますね。すごく時間もかかったし、すごく大変やったけど、こういう作品を作れたこと自体が素晴しいことやったなって思いますね。ここまでも、いろんなコンセプトアルバムを作ってきたけど、今回は、ある種何かを掴んだ感覚があるというかね。何かを見つけた気がするからね。一つやりきった感はあるかなって思いますね」

——この先の目標的なところにも繋がってくるところだけど、その他にやってみたいことはある?
「この先、海外を視野に入れていくとか、世界に打って出たい! とか、そういうことではなく、海外でライヴしてみたいかな」

——敢えてアウェイ戦に挑む感じ?
「そうね。どっちかっていうと、海外でAcid Black Cherryの音楽がどう響くんかな? っていうところを見てみたいっていうかね。だから、日本の文化として日本の音楽を受け入れてる国じゃなく、とことんアウェイな場所でやってみたいなって思う。アウェイな場所に行ってどれだけ自分が戦えるのか? っていうところを見てみたいし、知ってみたいと思う。自分を試してみたいというか。コテンパンにされるかもしれへんし、誰も見向きもせんかもしれへんし、まったく相手にもされず全然通用しないもんかもしれんけど、むしろそっちの方が燃えるというかね(笑)」

——強い(笑)。
「これって俺の性分なんかな(笑)?」

——そういうのって、その分、勝てた時はすごく嬉しいからね。
「そうそうそう。そうありたいと思うしね。人生常にチャレンジっていうのは、そういうことなんやろうなって思う」

——エルが“愛されることを諦めなかった”みたいにね。
「そう。俺も、いままでもそうやってやって来たからこそ、今があるのかな? って思ってたりもするんでね」

——チャレンジの連続かぁ。
「そう。常にそう思ってるね。最近、お客さんの層も広がってきているのもあるし、みんなを楽しませるのってすごく難しいことでもあると思うし。どういうライヴを作っていくべきかも、理想のライヴに近づけていくのも、毎回チャレンジであると思うしね」

——今、Acid Black Cherryは、理想に近づけている?
「そうね。理想かどうかは分からへんけど、俺は女の子に支持されんかったらアカンと思ってるのね。男ばっかのファンで固められていたり、男のファンに崇められる感じのアーティストも、それはそれで素晴しいことやなって思うけど、すごく入り口が塞がれている感じというか。なんか壁が高くなってしまって、聴いてみたいって思ってる人をなかなか入れてあげられなくなっちゃうんじゃないかな? って俺は思うからね。俺も昔そうだったように、男に支持されるのってすごく嬉しいし、バンドを硬派に魅せる印象が付くというか、支える戦力になるみたいなところがあるからね。女の子もちゃんと本物を見分ける力を持って聴いてくれてるんやと思うけど、どうしても女子が多いと世間的に軟弱に見られるっていうのはあるもんね。けど、俺はそうは思わない。男子は必要不可欠やけど、男だけにはなってほしくないって思うねん。女の子のファンもちゃんとしっかり居てくれた方が、俺はいいなって思うからね。もちろん、お父さんお母さん、ちびっ子もね。なんかね、見れる層を限定すると柔軟じゃない気がするというかね。言うは易し行なうは難しってとこで、自分のメンタルにも関わってくるから、チャレンジ精神が何処まで保てるかっていうのが、また難しいとこなんやけどね。でも、1年かけてツアーをまわって、改めてこの歳になるまで音楽をやれてることに感謝したのもあるし、もっともっと頑張ってこの先も音楽を続けていけたらいいなと思ってます」


Writer 武市尚子
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