『L-エル-』の奇跡と共にあった1年
2016/03/12

第七章『L-エル-』という愛の形=フリーライヴ

Acid Black Cherryの2015年は、まさしく、アルバム『L-エル-』と共に在った1年であったと言っても過言では無い。
 しかし。そんな1年の中で、『L-エル-』というコンセプトとは異なるスタイルで魅せたライヴもあった。それは、名古屋・幕張・大阪で開催したフリーライヴである。
 ABCはデビューから4年ごとにフリーライヴを行っており、今回で3回目となる。(【4年に一度の大感謝! ABC Dream CUP】と銘打ったのは2011年と2015年の二回)
ABC Dream CUPとしてのフリーライヴを最初に試みたのは、2011年の7月のこと。そこから4年という月日が流れ、Acid Black Cherryは活動丸8 年を迎えた。yasuはそんな2度目の“4年目”に、再び【4年に一度の大感謝! ABC Dream CUP 2015 LOVE】と題したフリーライヴを名古屋・幕張・大阪にて開催したのだ。
 当初8万人を予定していたフリーライヴは、当日各所に設けられたフリーエリアに集まったオーディエンスを含め、名古屋・2万5000人、幕張・4万人、大阪3万5000人が集まり、合計10万人を動員した。この動員人数は、フリーライヴ動員として国内最多動員数を記録することとなったのだが、yasuが目指したのは、記録を残すことでも、それをニュースにすることでもない。
 yasuは何故、フリーライヴという形にこだわるのだろう? そこには、どんな想いが込められているのだろう?
 第七章では、フリーライヴという形に込める想いと、【4年に一度の大感謝! ABC Dream CUP 2015 LOVE】について訊いてみることにした。

    

——【4年に1度のABC Dream CUP】を開催することになった経緯は?
「普通は、5年単位で何かをされるのが一般的な感じだと思うんやけど、オリンピックやワールドカップなどは4年単位だったりするでしょ、じゃあABCも4年でやろか、ってところが始まりだったと思うね」

——【4年に1度のABC Dream CUP】に対するyasuくんの思いとは?
「色んなプレゼントを用意して、もらった人の中に残るようなものであればいいかなと思ってるのね。4年前のときは、デビュー4周年を記念して、4つのプレゼントを用意した中の1つがフリーライヴやったんやけど」

——他にもあったね。
「そう。曲をプレゼントしたりだとか、フリーライヴの映像をダウンロードして見れるようにしたりとかね。何をしたらファンの人が喜んでくれるんかな? っていろいろとスタッフと考えたの覚えてますね。そういう気持ちが、音楽を通した形でプレゼント出来たっていうのは、良かったなって思いますね。プレゼントって、もらうよりあげる方が楽しかったりするんでしょ。そもそも、フリーライヴという形にしたのは、元々、ABCのデビューの時に東名阪でフリーライヴをやってるから、その流れっていうのもあるんですよね。それの規模がちょっとずつ大きくなっていってる感じというか。まぁ単純に、ファンのみんなへの「還元」って考えてて。ちょっとお祭りに行くっていう感覚でみんな遊びに来てくれたら、良い思い出になるんじゃないかなって。フリーライヴで、このアルバムに導くっていうよりも、フリーライヴはアルバムツアーじゃないから、お決まりの曲もあればやってなかった曲もあれば、そういういろんな曲を演ったりしたから、別に『L-エル-』につなげるためにセットリストを考えたってこともなかったし。初めて観る人には、“あ、こんな曲あったんや!”って思ってもらえるような、もちろん、いつも見に来てくれるファンのみんなにも、“久々にこの曲聴けた!”って思ってもらえてたら嬉しいなって思うね」

——そうだね。古くからのファンも初めて見る人も、楽しかったんじゃないかな。実際にフリーライヴで新たにAcid Black Cherryを観てくれた人も多かったと思ったし。あまり構えたライヴであると入りにくいから、そういう意味では、すごくフラットなライヴの形でもあったなって思うしね。
「そうね。壁を作りたくなかったっていうかね。結果、多くの人たちに観てもらえたというのはすごく嬉しいことやったけど、ほんまにたくさん集まってくれて感謝しましたね。幕張とかほんまにすごかったもんね。っていうか、びっくりした(笑)。縦に長かったから、ヴィジョンがあったとは言え、後ろの方とか見えなかったんちゃうかな? って思うくらい集まってくれてて。“こんなに集まってくれたんや”って、普通にびっくりしたからね」

——淳士さんだったっけ? MCで“4万人って、小さい市だよね”って言ってたけど、本当にそうだなって思った(笑)。
「ね、ほんまに(笑)。後ろの方とかほんまに見えへんかったと思うけど、みんなほんまにありがとうって思うね」

——そうだね。4年前のフリーライヴは、日頃応援してくれるみんなに対しての“ありがとう”を伝えるライヴだったけど、8周年目のフリーライヴでは、通常のライヴ以上に、よりファン層の振り幅が広がっていることを感じたと思うけど、yasuくんはどう思った?
「そうね。ほんまにいろんな人が来てくれたなって、本当に感謝してる。本当はね、2011年に最初のフリーライヴを計画したときは、東名阪で3ヵ所に分けてやるんじゃなく、1ヵ所で10万人フリーライヴをしようっていう話が持ち上がってたんですよ。それを聞いたときはね、ほんまにさすがにそれは無理やから! って思ったのね。そんなん埋められるわけないやん! って。でも、スタッフは本気で考えてくれてて。結局2011年は東名阪の3ヵ所でのフリーライヴになったんやけど、そこから4年、今回も東名阪3ヵ所でフリーライヴをやらせてもらって、周りのスタッフが目標としてくれていた数のお客さんにAcid Black Cherryのライヴを観てもらえることが出来たっていうね。こんなにも集まってくれたんや、ってすごく嬉しかったですね」

——3ヵ所合せて集客は10万人以上だったからね。
「ほんまに。幸せなことやなって思いますね。集まってくれたみんなへの感謝ももちろん、【4年に1度の感謝祭】として、日頃応援してくれるみんなに対しての“ありがとう”を伝えるライヴとして、なんとか実現させてくれたスタッフにも感謝してますね。どっちかっていったら、当の本人がはなっから無理やって思ってたところを、“何としてでも!”って実行してくれたからこそ、こうして10万人を越える人たちに直接ありがとうを伝えられたと思うしね。本当に改めて、来てくれたみんなには、ほんまに暑い中ありがとうって言いたいね」

——炎天下の中、汗びっしょりになってyasuくんが届けた“ありがとう”は、人を思いやる感謝の気持ちと、大切な思い出だったなって思ったよ。最終日の大阪のアンコールで届けた「so…Good night.」前のMCが、すごく印象的だった。
「「so…Good night.」は、僕がまだ枚方に住んでいた小さかった頃、よく淀川の河川敷で遊んでたんやけど、夕方になるとコウモリが飛んでくんのね。それを見ると、“早くお家に帰って夕ご飯食べなあかんなぁ”って思ってたことを思いながら作った曲やからね。みんながこの曲を聴いたときに、2015年のあの日の夕日とあの景色を思い出してくれたら嬉しいなと思ったんですよね」

——記録を残したいわけではなく、記憶を残したいんだよね。全都道府県ツアーのときに平行してやっていたハイタッチ会も、その気持ちからだったからね。
「そう。俺も小さい頃、オカンにつれられて地元のショッピングセンターに橋幸夫さんが来た時、会いに行ったからね。カセットテープを買うと握手してもらえるっていうやつで。オカンがカセットテープ買って握手してもらったんやけど、そんとき、頭を撫でてもらった思い出があって、そのことは今もすごく覚えてるからね。フリーライヴもね、昔、小さい頃に地元のお祭りでバンド演奏するっていう思い出があるかなぁ。バンドとか生演奏に触れる機会って身近なところで言うとそういう地元のお祭りとかであると思うし、自分自身で言うと、元々バンドを始めたのが、枚方祭りの「バンドなんちゃら」みたいなのに出るためにバンド組んだのが始まりだったからね」

——全部思い出の中にしっかり残ってるんだね。
「そう。だからね、Acid Black Cherryのハイタッチ会やフリーライヴも、みんなにとってずっと記憶に残ってくれる思い出になってくれたらいいなと思って。でもね、いつもそうやけど、元気をもらってるのは俺の方やなって思う。ハイタッチ会とかとくに、より近くでみんなを感じられてることもあって、本当に待っててくれたんだなって感じるし。体調を心配してくれる言葉をかけてもらうと、もっとメンタル面的にも強くならないといけないなって思いますね」

——フリーライヴとはまた違うけど、2015年もa-nationに出演したね。
「そうね。こういうアウェイ戦では、いつもTEAM ABCにすごく助けてもらってるなって思うね。すごく盛り上がってくれて。ライヴ自体を盛り上げようとしてくれてるのが解ったし、伝わってきたし。いつも以上に盛り上がってくれてたのがすごく嬉しかったし、ほんまに心強かった」

——嬉しいよね、それ。
「嬉しかったね。ちゃんと見えてたからね。a-nationも4回目やから少し知ってくれる人が増えたかなって感じたけど、1回目のa-nationなんて、ほんまにアウェイやったからね。知ってる人の方が圧倒的に少なかったからTEAM ABCの存在がほんまに嬉しかったし。これからも、そんなTEAM ABCのために全力で頑張っていきたいと思います」

——yasuくんにとって、ライヴとは?
「なんやろうなぁ…。ちょっと違うかもしれへんけど、部活で言うところの試合みたいなもんかな。普段、いつもは曲作ったりとか練習したりとかして、部活で一生懸命練習して、筋トレしてみたいな感じで、それを試合でその成果を試すみたいな。ニュアンスはちょっと違うかもしれへんけど、楽しい試合みたいなものかな(笑)。これからも、TEAM ABCと一緒に楽しいライヴを作っていけたらいいなと思ってます」



Writer 武市尚子




第八章『L-エル-』のこの先の展開へ続く
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